名古屋市中区丸の内のカジュアルワインと楽園料理 「葡萄畑 ハノハノ」
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開運!ハワイ 1−3


カウンターにSPAMの缶詰をステージに
ウクレレ持って歌っているフラガールがいる。
バネで揺れるのがおもしろいわけではないが
なぜかさわってしまう。

「ねぇ俊介ってさぁ、しあわせ?」

「おお!唐突過ぎる質問。なにかあった?」

「はたから俊介を見てるとなんの苦もなく
いつも幸せそうじゃん。もちろんサービス業だから
悲壮感漂ったらお仕事になんないけど
それにしても幸せそう過ぎる。
波乗りしてウクレレ弾いていつも誰かと
たのしそうにおしゃべりしてる。
人間そうそういつもハッピーじゃ居られないんじゃないか
と思うのよね。性格って言ったらそれまでなんだけど
それじゃ割り切れないなにかを感じちゃうわけ」

「お嬢様。たいへんもったいのない
光栄なおことばをありがとう存じます」

「もう!」

「あのさ、偉大なるハワイアンシンガー
アンティ・ジェノア・ケアヴェは知ってるよね」

「もちろん。アリカって曲が超有名だしライアテアちゃんのような
彼女のフォロワーもいるくらいで息継ぎなしで
あんなに長く歌えるなんて,いつ聴いても鳥肌。
写真や動画を見てもとっても可愛らしいおばあちゃんで
憧れるわ」

「だよね。あのブレスなしのロングトーンには秘密があるんだよ。
もちろん天性の才能ってこともあるんだけれどその秘密を
インタビューした人がいてねアンティはこう答えたのだそうだよ
『苦しいときほど笑いなさい!笑顔!笑顔!』」

「やっぱ苦しいんだ」

「ばか。そのまま受け取っちゃいけないよ。
そのひとことに彼女の人生が集約されていると思わない?
彼女が生まれたのは1918年。アメリカ合衆国に併合されて20年。
併合といえばなんとなく平和的なイメージがあるけれど
要は侵略されたわけだ。世界地図が毎日のように
塗り替えられていた時代の事さ。1840年代には
イギリスやフランスからも侵略を受けていて当時は
日本にも黒船が来たりしてあやうく侵略されるところだった。
その100年くらいのあいだってのは先進国の
やりたい放題だったのさ。わかるだろ?
つまりたった100年前のハワイの人たちってのは
自分たちのアイデンティティを守るのに必死だったわけ。
もちろん多くの血も流れたんだ。
でアンティの話に戻ると侵略された国土で育ったわけだよね。
当時はハワイ語も禁止の対象でアメリカ人にすべて奪われたわけだ」

「まじ?そんな悲しい歴史があったなんて・・・・」

「だからそれまでハワイの人たちは文字を
持っていなかったから歌や詠唱(チャント)で
文化の継承をしていたんだけれど、歌うことすら
ままならなかった時代があったわけ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「光子は想像力たくましいな。涙目になってる」

「だってそうじゃん、そんなのいやだもん」

「そんな時代を89年生きぬいた彼女が言う
『苦しいときほど笑いなさい!笑顔!笑顔!』
そのことばの中にはめちゃめちゃ含蓄があると思わない?」

「なんかさぁ上司とうまくいってなかったり取引先にゴネられたり
凹んでたんだけど私ってめっちゃちいさく感じるわ」

「だろ?彼女のこの言葉がいつも僕に力をくれるのさ。覚えておいて」

「じゃさ、今日も俊介は笑顔じゃん」

「まあね」

「ってことは苦しいんだ」

「おまえ、馬鹿だろ?」


開運!ハワイ 惷譴靴い箸ほど笑いなさい!笑顔!笑顔!』
04:54 開運!ハワイ comments(0) trackbacks(0)
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